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言霊

靖国神社
靖国神社にて言霊を考える

九段下へ行くこととなり、勇気をだして靖国神社へ参拝してきました。

確固たる理由もなく、何となく行けなかった場所です。

警察官がいて警備員もいました。

遊就館では、日本のために命を失った方々がどうしてそうなったかを知るための歴史が説明されています。

明治維新、西南戦争、日清戦争、日露戦争、支那事変、そして大東亜戦争。

そして、武器や甲冑、遺品、遺影、オリンピックの症状、花嫁人形、魚雷、ゼロ戦…

 (ゼロ戦を見るたびに、皇紀という言葉の普及率について考えさせられます。)

 

支那事変の展示室ででアジア人グループと、

大東亜戦争の展示室で西欧人グループに遭遇しました。

熱心にご覧になっていて、自国の視点からだけでなく、

敵国のあるいは同盟国の外国の視点から描かれる戦争について

勉強されている姿に敬服いたしました。 

歴史は勝者によって作られる

私たちが見聞きしたことや学校で学んできたことが、どれだけ本当であったのかわかりません。

多くの視点から見て、はじめて理解ができるのかもしれません。 

 

展示品の手紙やモノの中にある文字に託された想い。

言葉が持つ意味とは違うものがひしひしと伝わってくる。

言霊というのは、言葉の意味が持つ魂を指すと思ってましたが、

それだけでなく言葉を発した人の気持ちが乗るんだと知りました。

言葉は、他人を知る手段ではあるけれど、当てにならない。

言葉より、その言葉に託された気持ちの方を感じ取れるかどうかだ。

感じ取れる人間であるか、そうゆう人間になっているか。

力でなく言葉で分かり合おうという世界を生き行く上で、

世界中の人が簡単に電波を使って発言できる時代を生きていく上で

 

必要なことだと思う。