· 

めがね

メガネと本
目と心のめがね

加齢が進み、瞬時に焦点が合わなくなってきている。

ええ、そうでしょう。これがいわゆる老眼の走り。

40年以上酷使してきたんです。いろいろと不具合もでます。

まだ眼鏡は不要ですが、壊れきれないよう労わりながら使っていくしかありません。

 

眼鏡。

 

色眼鏡で人を見る。といったようにも使われます。

偏ったものの見方。先入観にとらわれた見方。

そうゆう意味ですね。

年を重ねると、

視力としてはぼんやりとなっていくのに対して、

物の見方に関して言えば、年齢分つみ上げた体験と経験により偏りがちです。

先入観をもってみないように、フラットな気持ちでと思っていても、難しいものです。

こうゆうのは、

例えば世代の違う方と接する時(年上であろうと年下であろうと)などに、

気持ちを意識して接しないと、

違いを感じたときに相手をカテゴライズしそのカテゴリーの先入観でもって人を決めつけてしまう危険があります。

フラットにと意識しようと思える場合はまだ良くて、自然にその先入観で自分を決めてつけて狭くしてしまうことがある。

例えば、食。

自分はアルコールは飲めない、ナマモノは苦手、その野菜は小さいときから食べてない、云々。

こうゆうのも一種の思い込みで、何も考えずに口にしてみると食べられるかもしれません。

苦味や香味が、苦手から美味しいに変わっていることもあります。

今まで食べてきたものにアタリがなかった場合もあります。

 

目の眼鏡とココロのめがねの行く末が、

反対になっていくと、年をとっても広がって楽しみが増えていきそうです。

反対になると、危険が生じるのかな。